かっこよさが原動力

やる気スイッチの押し方を知るべきだ。そういうことに最近気が付いた。

何かをするときに圧倒的に必要なことは、どうすればきちんと取り組めるか・どうすれば途中で投げ出さずにいられるかだ。簿記をするのも楽器をするのも、その方がかっこいいと思うからやっている。ランニングだってそうだ。誰に対してのかっこよさか。私に対してのかっこよさだ。


例えばランニングをしないと体が動かなくなる。体が動かないとめちゃくちゃかっこ悪い。中学のときに長期休み明けの部活動で思うようにプレーできずにとても悔しい思いをしたし、とても恥ずかしかった。端から見たらいつも通りだったかもしれないが、自分の中でこれ以上ないくらいに打ちのめされてしまった。今までいた場所から突き落とされたような感覚だ。突き落としたのは他でもない自分。だったらそんな状況を作らないようにしよう。かっこ悪い姿はもう見せたくない。そんな理由から私のランニングが始まった。

かっこよさ・かっこ悪さ、両方を天秤にかけて答えを出している。かっこいいからこそ続くことばかりだ。かっこ悪いからこそ選ばなかった道もたくさんある。余った時間をいかに使うか。勉強していたらかっこいいじゃない。じゃあ勉強をしよう。何について学ぼうか。歴史も良いし、語学も良いし、今まで取り組んでこなかった未知の分野も良い。経済系の学部だった私にとって近くもなく遠くもないのは、簿記かな。そういうわけで簿記を始めた。しかしあまり真剣に取り組めずに時を過ごした。そんなある日、それを知った友人がじゃあ私も勉強してみると言い出し、私よりも先に合格を手にしてしまった。めちゃくちゃ悔しいし、かっこ悪い。こんな自分が嫌になったので、簿記にまじめに取り掛かるようになり、簿記3級の合格に辿り着くことができた。友人が取得したのは2級なのでまだ夢への途中だが、これは悔しさ・かっこ悪くなりたくないという気持ちが私にとっての原動力だということの十分な説明になる。誰からに見せるためというよりも、自分を納得させるためのかっこよさ、そんなものが常に自然と頭にある。きっと私にとって大切な物差しなのであろう。そんなことに最近気が付いた。

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