記事一覧

『ジュリアス・シーザー』

先日、初のゲキ×シネを観てきた。
演目は蜷川幸雄氏演出の『ジュリアス・シーザー』だ。

なんでも蜷川幸雄氏の一周忌追悼企画ということで
全国の数か所の映画館で上映しているとのこと。

東京近郊か大阪近郊の方か、
もしくは運よくお近くの映画館で上映している方でないと見に行くのは大変そうだ。
何と言っても全国15館でしか公開されていないそう。
しかも地方の上映館は車がないといけないところもちらほらある模様。

5月13日~6月9日まで週替わりで4つの作品を観ることができる。
金額は通常の映画よりも高く、当日で2,500円と来ているが、
一見の価値はある。何よりも舞台より安いしね。

肝心の内容について。
本公演は既に期間外となっているので映画館まで足を運ばれても
別の作品が上映されているだろう。

ジェイクスピアということもあってとにかく固い
個人的には好みの作品であったが確実に人を選ぶ。

とにかく叫ぶこと叫ぶこと。

これがローマ人の流儀だあああぁぁあああぁぁぁ!

脇役の台詞だが、この言葉が妙に印象に残っている。

もちろん脇役以外もやたらと叫ぶ。
人が死ぬ作品だし、ある程度の怒りや悲しみみたいなものは
エネルギーとしてきちんとした形で(それは多少大袈裟な形かもしれないが)
発散されないと舞台として成立しないよね。

でも主役陣が叫んでいる印象は薄い。
確か叫んでいたなーくらい。

それくらい叫びに頼らない演技が多かった。
つまりそれは彼らが手を抜いたとかそういうのではなく、
きちんと怒りや悲しみを表現しぬいた上で
叫んでいる様子が今になって思い描けないのだから
それはとてもすごいことなのである。
阿部寛も吉田鋼太郎も藤原竜也もみんな叫んでいたはずなのに、
彼らの演技がその大声になりがちなシーンを食っていたことになるのだから。

王権を奪うというのがこの作品の大きな軸になるので
当然血なまぐさい作りになるし、
感情の揺れ具合も現代の日常では決して見ることのできない類のものになる。
そういう非日常めいたものを見るために見に行った感がある。
人を殺めることと、殺めた後の人間関係みたいなものは
それぞれの思惑次第で帯びてくる意味がことなる。

あるものは追従し、あるものは悔い、
あるものは復讐に燃え上がる。


志が似ているように思われても道を進んでいくに従って
その志が異なることに気づいてしまうことがある。

そして見くびっていた人間が想像以上の力を持っていて
局面をひっくり返されることもある。

慢心・環境の違いが人を大きく変えるのだ。
考えさせれらる作品であった。

ちなみに藤原竜也役の人が
やつける人リスト的なものを取り出すシーンがあるのだが
そのリストが黒い表紙のノートだったのには思わずにやりとしてしまった。

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しゃろくすけ

Author:しゃろくすけ
社会人4年目
英語
スペイン語
ランニング
翻訳
三十路まであと数年
フットサル
ハーモニカ
転職活動中?

twitterアカウント

読書レビューのページ
(↑2017.5.17.時点、5年以上手付かずです)

カレンダー(月別)

06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

カウンター

バロメーター

検索フォーム

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
12239位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
2278位
アクセスランキングを見る>>

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: